☑創作男性ドクター
☑陵辱表現
☑モブキャラ
☑男体妊娠
☑苗床表現
☑(疑似)出産
☑結腸責め
☑♡喘ぎ&濁点喘ぎ
☑各種捏造
※陵辱を盛り上げるための賑やかし要員にはモブオペ♂を出演させています
※名有オペたちも話の展開上何人か出ています
※エピソードによってドクターが孕める設定は変えております
※短編4話構成の本になります。
作戦失敗記録集
増殖始動
ひどく重く感じる瞼をゆっくりとドクターは持ち上げた。朦朧とした意識の中、体を動かそうとする。だが、手足がじんわりと痺れており自力で動かすのはどうにも億劫だった。
ここは、どこだったか。確か新しい作戦のためのシミュレーションで新エネミーを相手に戦っていたはずだ。神経に影響する攻撃をしてくるエネミーを想定して。
そう、今目の前で不気味に揺れている花のような見た目の深海生物こいつだ。確か資料にあった名は…
『鉢海のリーパー』
「…ぅ、み、んら、は…」
舌の先まで痺れているのか。もつれてうまく喋れない。ドクターは諦めて口を閉じた。シミュレーションの中止をしようにもこの体では端末を操作することも、音声認識をオンにすることも出来ない。
一体どうしてこんな状況になったのか全く記憶がなかった。後頭部がズキズキと痛んでいることも何か関係があるのかもしれない。だが実戦型シミュレーションなら近くにオペレーターがいるはずだ。異常に気づいた誰かがすぐに助けに来てくれるだろうと、ドクターは結論づけた。それまで、目の前の生物を刺激しないようにすることが今現在、唯一自分が出来ることだろう。
幸い、体の痺れは限定的なようで、臓器までは侵されていないようだ。舌は痺れて話せないが呼吸は問題なく出来ている。死ぬことはない、と思いたい。
ドクターが混乱状態から復帰すると、まるでそれを待っていたかのように目の前の敵性生物が細長い蔓のような器官を延ばしてきた。検分するようにドクターのあちこちを滑っていく。形状を確かめているのか、しゅるしゅるとヒトの輪郭を確認するような動き。つま先から頭のてっぺんまでをなぞるようにゆっくりと這いずり回る。
人型でないエネミーと相対することは少なくないが、目の前で妖しげに蠢く見慣れない敵はドクターの恐怖心をあおった。形の検分が終わったら、コレはいったいどうするのだろう。こちらに敵意がなければ去るだろうか。そうであってくれと祈るしかない。
ドクターの武器は頭脳だ。護身用のナイフ一つ持っていないし、体も屈強ではない。助け出されたときよりも少し肉付きはよくなったが、それでもまだ標準体型とは言えない薄くてひ弱な体つきをしている。つまるところ、もし今体が痺れていなくとも、何もできないのである。とにかく刺激をしないように気を付けるしかない。ドクターは敵意がないことを示すため、緊張させていた体から力を抜いた。
だが、それは逆効果だったようだ。ドクターの体から強ばりがとれた瞬間、今までほんの少し触れる程度だった触手が、突然体に巻き付いてきた。ドクターの、首とつく部位すべて、そして細い腰に何重にも巻き付き、座り込んでいた体を空中に持ち上げる。仰向けに宙に吊られてドクターの喉が恐怖でひきつった。まるで見えない手術台の上にのせられたような気分だ。
慌てて身を捩ろうにも、体は痺れたまま。加えて四肢は触手に拘束されており、首にも触手が巻き付いている。抵抗すれば締め上げられるかもしれない。今のドクターは蜘蛛の巣にかかった哀れな獲物だった。
ヒュンと空を裂いて一本の触手がドクターの眼前に迫る。その先端はまるで槍のように鋭くなっており、鈍く光っていた。ドクターは必死にシミュレーション前に読み込んだ資料を思い出した。確かに深海生物のエネミーにはこのような鋭利な器官を持ったものもいた。だが目の前のこいつ、『鉢海のリーパー』にその器官はなかったはずだ。こいつは新種なのかもしれないといういやな予想が頭をよぎる。
その先端で胸や頭を一突きされれば、はたまた動脈を切り裂かれたらゲームオーバーだ。ヒュッと動いた触手にドクターがぎゅっと目をつむる。
しかし、ドクターの予想は裏切られた。鋭い切っ先が切り裂いたのは体ではなくドクターの纏っている服だったのだ。むしろ皮膚を極力傷つけないように留意しながら、慎重に刃を滑らせている。刃の切れ味は相当なようで、生半可なことでは破けないロドス製の布を紙のように切り取っていく。まるで果実の皮を剥くように丁寧に、ゆっくりとドクターを守る防護の壁は崩されていった。
青白く薄いひょろりとした体が露わになるにつれ、視界の端で他の触手がさざめく。いいぞいいぞとはやし立てているようなその動きもドクターをぞっとさせた。
喰われるのだろうか。そのために邪魔な衣服をはぎ取ったのか?
ひ弱な生き物が感じる原始的な恐怖に体をふるわせる。だがドクターをひん剥くと、刃物のような先端を持った触手はしゅるしゅると体のどこかに収納されていった。ほっとしたのもつかの間、それと入れ替わりにまた別の触手がぬっと現れる。今度の先端はまるで剥き卵のようにつるんとしており丸みを帯びて、先端に刃はなく、わずかなへこみしかなかった。
素肌の上を触手が舐めるように滑っていく。先ほどの、輪郭を確認するような動きではなく、何か目当てのものを探しているような動きだ。
腋の下に潜り込むように先端を押しつけられ、ドクターは不快感に顔をしかめた。ぐりぐりと、もしここから中に入れるなら入り込みたいとでもいうように動く触手。そちらに集中していたせいでドクターはいつの間にか触手の数が増えていたことに気づけなかった。
様々なタイプの触手がドクターを襲う。触手は体にあるくぼみに反応を示すようで、耳孔や臍まわりを重点的にねらった。唇にも何度かおしつけられたが、ドクターはしっかりと口を閉じていたので、うまく入り込めないと判断した触手は別の場所の発掘に向かった。段々と下に向かう触手にドクターの背中を嫌な汗が伝う。
しゅるり。
とうとう、尻の狭間をなぞって後孔に先端が到達した。ぐいぐいと押しつけられるが、なるべく力をいれてドクターは侵入を拒んだ。唇同様、暫くすれば諦めるだろうと思ったのだ。だが触手はしつこく付近を探っていた。ここなら入れそうだ、とでもいうように。
そして、しばらく肉蕾をぐにぐにと揉んだ後、先端のくぼみがくぱりと開いた。そこからゆっくりと伸びてきたのは指よりも細い触手だった。外皮とは違うのだろう、色は透明で日頃よく目にする点滴用の管のようだ。
「…⁉」
何か、細いものが体内に入り込んだ感覚にドクターの体がびくんと揺れる。侵入者は奥行きを確かめるようにゆっくりと進み、縦だけでなく時折横にも動いてナカの伸縮度合いを確認していた。
「ひっ…、なに…」
恐怖とパニックで思わずドクターが口を開く。だが、それがいけなかった。待ってましたとばかりに顔周りに控えていた触手がドクターの咥内に侵入した。
「んむっ…、ん⁉」
口いっぱいにゴムホースをくわえたような、そんな感覚。上も下も何か得体の知れないモノにいじくり回されている。内壁を細い何かが轟くたび、ドクターはふるえた。自分の口におさまっているものも、この細い触手を出すのではという恐怖。そしてその予感は当たった。
「っ、ふっ、う、ん…っ、んんっ」
しゅるりと咥内で細いものが轟く。小回りのきく細い触手は繊細な動きでドクターの歯列をなぞった。このまま喉の奥へ侵入されたら、という恐怖でドクターの呼吸が荒くなる。何が目的かはわからないが、この触手たちは中へ入り込むことを目指している。口からの侵入が一番たやすいのはドクターもよくわかっていた。
危惧していたとおり、細いそれが喉の最奥に触れた。
「ふ、ぐっ…う…」
反射でドクターが嘔吐えずく。きゅっとまるで拒むように締め付けられ、更に歯までたてられた触手は何かを感じ取ったのか侵入を止めた。うっすら目尻に涙を滲ませたドクターを宥めるように、細い触手が顔中を這いずり回る。不快感に顔を振るがあまり意味はなかった。
ずるり、と口から触手が出て行く。満足したのだろうか。ドクターは大きく口を開いて呼吸をした。ドクターが呼吸に勤しんでいる間、触手たちは選手交代とばかりにまたもや入れ替わっていた。人の指ほどの細さの触手が再びドクターの唇と後孔の縁をなぞる。
今度は口にいれたくない、とドクターは先ほどよりもぎゅっと唇を噛みしめた。
ぷしゃっ。
「ッ⁉」
上と下それぞれの触手の先端から何か液体が噴き出した。それは透明でにおいはないが、ぬめりのある不快なものだった。酸性でなかったのが幸いだ。でなければドクターの皮膚はさぞひどい状態になっていただろう。
今すぐ顔を拭いたいが勿論どうにもできない。ぐんぐんと不快指数があがっていく最中さなか、ぬめりをまとわりつかせながら触手が近づく。そしてとうとうその先端を無防備な窄まりにめりこませた。まるで雌しべのようなつるんとした先端は、至極あっさりとドクターの体内へと消えた。
・・・・
密林胎動
「ドクターこちらです早く!」俺はドクターの手をしっかりと握って転がるように木々の間を走った。ぴしっと頬に肉厚な葉が当たる。この地域特有の大きな葉は視界を緑で覆うため、密林の中はひどく見通しが悪い。いつ敵と鉢合わせるか分からない不安の中で、とにかく足を動かさなければならなかった。ここには今、俺とドクターしかいない。『ドクターを安全な場所まで護衛しながら撤退する』という大役を任されたのが俺だからだ。任された、と言うのは少し大げさかもしれないが。
本来、撤退時の護衛は俺たちのような後方支援部の担当じゃない。そりゃそうだ。後方支援の俺たちの戦闘力はたかがしれている。ロドスの頭脳であるドクターを守るためには、戦闘慣れしているオペレーターたちが適任なのは言うまでもないだろう。ではなぜ俺が今ドクターの手を引いているのか。
初めての密林地帯での作戦。慣れない地形、初めて戦う敵にドクターは全員が消耗しきる前に戦略的撤退を決断した。だが撤退を決めた瞬間、側面からなだれ込んできた敵に本部はきれいに分断されてしまった。そしてその時たまたまドクターの側に居たのが、俺だったのだ。近くには他にも何人か後方支援部のやつらはいたが、運悪く飛んできた破片や、敵の攻撃を受けてしまい立っていたのは俺だけだった。
分断された向こう側では、オペレーターたちが口々にドクター!と叫んでいたが、なだれこんできた敵の対処に精一杯で誰もドクターのところまで駆けつけられそうもない。硝煙と土埃で煙る視界。ぱらぱらと響く銃撃音やアーツを放つ音の合間に誰かが「ドクターを安全なところに!」と言ったのが聞こえて俺はドクターの手首を掴んだ。その細さに一瞬驚きながらもしっかりと握る。この手が、この人の頭脳がロドスを支え導いているのだ。絶対に離してはいけない。
オペレーターたちを気にするドクターを宥めすかし俺は何とか混乱状態の本部から連れ出すことに成功した。大丈夫ですと何の根拠もない言葉を繰り返しながら鬱蒼とした密林に飛び込み…
そして今に至る。
本部に近い場所は整備してあるので、俺とドクターだけでも迷わずに何とか目的地まで着けるだろう。そう思っていた。
目印のつけられた木々に沿ってひたすら走る。土を踏みしめる音にさえビクつきながら必死に足を動かしていると、突然ドクターが立ち止まった。繋いでいた手が離れる。
「はぁっ、はっ、…は、まって、待ってくれ」
「ドクター、どうしました?」
ドクターが道から外れた茂みの奥を指さした。
「飛行装置の、待機している砂漠に行くには、この道だと遠回りだ。確かこっちの脇道を…」
そう言って茂みにわけ入ろうとするドクターに俺は慌てた。
「待って!ドクター、駄目です、俺が先に」
行きます、という言葉は喉奥で立ち消えた。ドクターがかき分けた茂みの奥から、のっそりと大きな影が現れたのだ。
顔と大きな盾に走る赤い線。一際大きな体躯から放たれる威圧感プレッシャー。俺はその特徴からこいつが資料で見た『ティアカウチャンピオン』だと判断した。一対一の戦闘に特化しているタイプの敵で、その集中力の凄まじさから外部の影響を受けないという。つまりこいつに絡まれたら他人が間に入って助けることは出来ない。なのに、今、ドクターの目の前に、そのティアカウチャンピオンが居る。
「ドクター‼逃げてください‼」
俺は反射的にドクターの前へと躍り出た。ティアカウチャンピオンがドクターと対するのを防ぐためだ。ロドスの頭脳を、沢山の犠牲を払いながらチェルノボーグから助け出したロドスの切り札を、こんなところで失うわけにはいかない。
俺の戦闘力なんてたかがしれているが、それでも毎日基礎訓練はしているし少なくともドクターよりかは戦える。自分より縦にも横にも数倍デカい相手に足は震えているが、それがなんだ。たとえ一撃で死ぬことになろうが、ドクターが逃げる時間を一秒でも稼げればいい。いつもオペレーターたちが命がけでやってることを俺もやるだけだ。
両手を広げて俺は目の前の怪物の視線からドクターを守った。だが、アダクリス独特の冷たい瞳は眼前にいるはずの俺を通り越して、後ろのドクターに釘付けになっているようだった。文字通り、俺など眼中にないらしい。
やめろ、この人はお前なんかが触れて壊していい人じゃない。戯れに暴れたいなら俺にしておけ。そんな思いを込めて俺はより大きく手を広げ、足で地面を踏みならした。だが、それでも昏い瞳は俺に向かない。
長い顔の先、短い間隔で開閉を繰り返す鼻孔はやつの興奮度合いを表しているようでぞっとする。鱗をわずかに逆立たせながらヤツは最初に目にした獲物に飛びかかるタイミングをはかっているようだった。
ああ、こんなことならもっとちゃんとハンドサインを勉強しておくんだった。後悔の念を抱きながら、俺は未だに動いてくれないドクターを振り返った。
「ドクター‼逃げろ‼」
俺の必死な形相と声でようやくドクターは踵を返して駆けだした。だが安堵の息を吐く間もなく、俺はすさまじい衝撃に襲われた。自分の体が宙に浮いて、景色はスローモーションで回転している。遅れてやって来た強烈な痛みに顔が歪んだ。大木に背を叩きつけられて更にひどい衝撃が全身を襲う。そこでようやく、俺は理解した。目の前のヤツがまるで小虫を払うように俺のことを張り飛ばしたのだと。意識が遠のく中、俺が最後に見たのはティアカウチャンピオンが逃げるドクターの前に一跳びで降り立つところだった。
ゆっくりと意識が浮上する。体の感覚が鮮明になっていくほど、あちこちをひどい痛みが襲い俺は呻いた。口の中に血の味が広がる。ごほ、とせき込むと地面に赤が散った。叩きつけられたときに内臓をやられたのかもしれない。一体どのくらい意識を失っていたのか。考えるのが恐ろしかったが、密林に差し込む光の具合から見てもそう時間はたっていないように思えた。
—ドクターは…無事だろうか
意識を失う直前に見た光景を思い出して俺は恐る恐る頭を動かしあたりを伺い見た。地面に予想していたような陰惨な跡はない。だが少し奥の茂みの側にドクターのフェイスシールドが転がっているのが見えて肝を冷やす。他にもドクターの着ていたロドス製のジャケットの袖や、服の切れ端などが近くに散らばっていたが幸い、そのどれにも『中身』は入っていなかった。
何故服の残骸だけが散らばっているのだろう?真っ先に浮かんだのは、ドクターがあのティアカウチャンピオンに喰われてしまったのか、という考えだった。だが、事前に配られた資料のどこにもこの地域のアダクリスたちが—いかにワイルドな生活をしているとはいえ—人肉を喰らうという情報は載っていなかった。
じゃあ何のために服を破られはぎ取られたのだろう。俺の疑問はすぐに解決した。フェイスシールドが落ちていた茂みの近く。俺が背を預けているのと同じような大木の近くにドクターは居た。手足が動いているから、生きている。だが、状況は酸鼻としか言えなかった。ドクターの上にはあのティアカウチャンピオンが覆いかぶさっていたのだ。そしてある意味でドクターは『喰われて』いた。
太い幹に背中を押しつけられて、ドクターの脚はゆらゆらと揺れている。その動きに併せて悲痛な叫びとも喘ぎとも言えない声が漏れていた。
「ひっ…アッ、うぐっ…ん…っ、ンッ」
ドクターの声の合間に、アダクリス独特の呼吸音とぐちゅぐちゅという粘着質な水音が混じっている。ひどく生々しい音と動き。どこから見ても、どう聞いても、それは交尾の様子だった。
俺の記憶が正しければドクターの性別は男性だから、おそらく、尻の孔にあのデカブツのペニスをぶち込まれているのだろう。雌の代わりにされているのだ。俺の力が足りなかったばっかりに。
今すぐにでも助けたい。だが、痛みをおして体に力を入れても首から上しか動かなかった。脊椎がやられたのかもしれない。俺が命に代えても守らなければならない人が犯されているところを、ただ見ていることしか出来ないなんて。歯がゆさでそれだけで死にそうだ。
無理矢理破かれた服の隙間から、ドクターの青白い肌がちらちらと見えた。ロドスで支給されているものは耐火、防塵、耐水の汚れにくく破れにくい特殊な素材で出来ている。だがティアカウチャンピオンには関係なかったようでドクターの上半身は見るも無惨な状態だ。幸い、痣や血痕は見あたらないので外傷はなさそうだが、内臓が無事かは分からない。ティアカウチャンピオンが交尾相手を多少なりともいたわってくれていることを祈るしかなかった。
一番邪魔だったのだろうスラックスは下着と共に奪われたようで、頼りない細さの腰から下が露わになっている。抱え上げられた両脚は密林には似つかわしくない白さで、差し込む太陽の光を受けて輝いていた。ここからだと丁度、結合部が丸見えで俺はいけないとは思いつつもそこを凝視した。あくまでもドクターの状況を確認するためだ、と自分に言い訳をしながら。 どう見ても規格外のモノを詰め込まれているドクターのそこは、限界まで拡がっており健気にも荒々しい侵入者を受け入れていた。とはいえ流石に少し縁ふちが切れたのか、会陰を汚す白濁にうっすら赤が混じっている。だが目を覆いたくなるほどの状態ではなかった。現にドクターがあげている声に痛みから来る叫びは混じっていない。
「うぁっ!あっ!んんっ、うう…ひぁ…っ」
ひとしきり眺めていたら突然、律動が目に見えて激しくなった。大木ごと押し倒してしまうのではという勢いでティアカウチャンピオンが腰を突き入れている。ドクターの脚が大きく揺れた。
・・・・
狂気蠕動
無情にも閉まったドア。押しても引いても上げても、うんともすんとも言わないそれにドクターはため息と共にもたれかかった。ずるずるとそのままドアを背にして座り込む。閉鎖された施設の一室は地下だから勿論窓もない。八方ふさがり。まさにその一言に尽きる状況だった。砂漠地帯に打ち捨てられた研究施設からの救難信号。別件でその土地を訪れていたドクターたちが信号を拾ったのはたまたまだった。
作戦を終えたばかりで物資は心許ない。だが、助けを求める人が居るなら行かないと。そう言うドクターに反論するものは居なかった。そうして、ドクターたちは罠であることを考慮しつつも、慎重に建物へと足を踏み入れたのだ。
研究施設の名にふさわしく、あちこちに不気味な円筒型の水槽や大型の檻があったが歩き回っている敵対生物エネミーの数自体は少なかった。これならすぐに終わりそうだと思ったのもつかの間、研究により変異していた一部の敵は非常に手強かったので制圧を完了するころには結果的にいつもよりも疲弊した状態になってしまった。
反応のあった中枢施設に一行がたどり着くと、そこにはぼろぼろになりながらも救難信号を発したのだろう研究員の男が倒れており、全員は疲労と安堵の入り交じった息をめいめい吐いたのだった。
幸い、男は見た目こそひどかったが外傷は少なく、簡易的な手当てで事足りた。ようやくこの重苦しい場所からでられると撤収作業を進めていたその時。突然、施設内に警告音が鳴り響き一同に緊張が走った。歩けるほどに回復した男が慌てて大きな端末に近寄る。
それに付き添う形でドクターが端末画面をのぞき込むと、繰り返し鳴っている警告音にふさわしい赤色でそこは染まっていた。似たような画面を何度も見たことのあるドクターの背を嫌な汗がつたう。
「…誰か何か触った?」
ドクターの問いにその場にいる全員がぶんぶんと首を振る。
「あの…どうやら地下施設から研究生物が逃げ出したようで」
か細い声でそう告げる男にドクターは、えっ?と驚きの声を上げた。
「地下だって?ここは地上二階建てじゃ…建物のスキャンはしたよな?」
マッピングを担当している後方支援のスタッフが一際大きく頷く。
「は、はい。いつもの計測ドローンを飛ばして…四方から上下左右くまなくスキャンしています」
「ありがとう。それで、この施設は馬鹿でかい二階建ての建物って結果が出てたはず…」
「地下施設はその…、更に危険な研究をしていたのでうちで開発した特殊な材質の建材で覆われているんです…それでおそらく…」
「ロドス製機械うちのスキャンに反応しなかったってことか…クロージャが泣いて喜びそうな情報だ」
何それ!ちょっとでいいから壁か床を削ってきて!脳内でクロージャの高らかな幻聴が聞こえた気がしてドクターは苦笑した。
「地下施設は上下水道も酸素供給システムも上とは分かれているので逃げ出した生物がどんな大きさであれ上ここまで来ることはないかと。唯一、地下直通のエレベーターがありますけどそこは有事の際真っ先に封鎖されますし。ただ…」
「ただ?」
「この警告が出たときは安全のために地下も上もすべての施設が順にロックされていくので、早めにここを出られた方がいいかと…」
ドクターがジャケットのポケットからばっと手を出した。
「そういうことは先に言ってくれないか!」
「す、すみません…」
「て、撤収ー!機材は捨て置いていい!即時撤収!」
ドクターの号令に呼応して各々が即座にその場から動いた。
「ドクター、出口までの最短ルートを割り出します!一分下さい!」
オーケー、と答えるドクターに研究員の男がおずおずと話しかける。
「あの…指揮官はあなた、ですね?ドクターということは、あなたも何か研究を?」
「ああ、まあいくつか。ただ、詳しく説明は出来ないんだ」
外部の人間に記憶がないとは言えないため、ぼかしてそう伝えると研究員の男はははっと笑った。
「そのジャケットのロゴ、ロドス・アイランド製薬ですよね。それなら言えなくても仕方ないです」
けたたましく鳴る警告音と相反するやけに落ち着いた青白い顔—研究者には珍しくないが—に笑みを浮かべながら男が続けた。
「ロドスのドクター、同じ研究者としてあなたにならここでの研究内容をお話します。何があったのか調べるんでしょう?」
「ああ、そうだ。ここで何をしていたのか、そして何が起こったのか。源石との関係も」
「私にわかる範囲はすべて明かします。ですが、それはドクター、あなたにだけです。それを了承していただけますか?」
研究者同士なら、というこだわりがわからないわけでもない。進んで
「では、道すがらお話ししても?」
本音を言うならこんなバタバタと撤収している時に聞きたくなかったが、いつ男の気が変わるともいえない。こういうのは本人が『話してしまいたい』と思っているときに吐き出させるのが一番だ。幸い胸ポケットには小型の録音機器がある。これは『正式な』研究者だった昔の自分が必ず所持していたものらしく、記憶はないもののなんとなく自分も入れっぱなしにしていたものだ。
入り口近くのスタッフが「脱出ルート確定しました!」と叫ぶ。それに右手を挙げて応えると、ドクターは男に向き直った。
「小走りになっても構わないか?」
「…ふふ、研究者はみんなか弱いと思ってます?実はこう見えて持久力は人並み外れているんですよ」
正直なところ男の体格は自分と変わらなかったが、軽口に付き合ってドクターは頷いた。
「私も週に二回は筋トレしているよ。じゃあ私たちは本隊からは少し離れてついていこう」
石造りの無機質な廊下を小走りで駆けながら、研究員はドクターにことの次第を語った。この施設を管理している団体の母体。そこはまさにここ最近ロドスが要注意対象として情報を集めていた組織だった。源石を用いて新種の生物を創り出しているという。彼が続けて研究内容を話したが、集めていた情報と齟齬はなく、関係者から直接聞く純度の高い情報の中には眉をしかめるほど非人道的な行いも多かった。
「実験中の事故で地下施設を封鎖。地上階の職員は避難済みで施設に残っていた生存者は君だけ。じゃあ、地下の職員は」
「ちょうど今あなたが走っているその足下にまだ、いますよ」
ドクターが足を止める。穏やかな笑みを浮かべたまま男も止まった。
「研究者としての道を歩むものなら、皆日々覚悟をしていることです」
「でも、まだ生きている人が居るなら…」
「今の地下はろくな準備もなく飛び込めるような状態じゃないですよ。まぁ、でも…」
あなたには今からそこに飛び込んでもらうんですけどね。
明日の天気でも言うような落ち着いた声音で男が告げる。瞬間、ドクターの足下の床が突然、消えた。否、正しくは『開いた』。叫ぶ間もない。ドクターの体は重力に従って下へと落ちていく。後を追うように男も開いた穴に飛び込んだ。
二人を飲み込んだ後、ぽっかりと開いた穴のような扉は静かに、だが速やかに閉じたのだった。
二人で話すことがあるから後ろを走るよ。そうドクターに言われたグラベルは意図を察し少し距離をとってドクターの前を走っていた。地上階のエネミーを掃討しているからといって危険がないとは言えない。ドクターと併走している研究員に悟られないよう、時折背後に意識を向けながら彼女は走っていた。そもそもドクターの隣にいる男が一番怪しい。グラベルの勘が、たったひとりの生存者に警報を鳴らしていたのだ。
だが貴重な情報提供者を勘だけで処すわけにもいかない。だから何かあったらすぐ動けるように気を張っていた。はずだった。
一瞬背後の空気の流れが変わった気がして即座に振り向く。グラベルの大きく見開いた眼まなこに映ったのは床に落ちたドクターの端末だけだった。
かなりの高さから落ちたが、あの床に開いた穴は正式な落下用機構だったらしい。ドクターが落ちた先にはきちんと緩衝材が準備されていた。だが、もともとこの機構は一人用なのか、そもそも緩衝材が寿命だったのかは不明だが、ドクターの体を受け止めた後、緩衝材は空気が抜けただの布になってしまった。
流石に後から落ちてくる男のことを気にかける時間はなく、背後で人と床がぶつかる鈍い音がしてドクターが眉を顰める。恐る恐る振り返ると、男は仰向けに倒れていた。後頭部を強かに打ったのだろう。ピクリとも動かない。
自分をここへ落とした張本人とはいえ、さっきまで言葉を交わしていた人間だ。命に対して考える機会の多いドクターには、彼が目の前で命を落としたことを、ざまぁみろなどとは思えなかった。
あるのは少しの怒りと憐れみと困惑。ここへ連れてきた当人が死んだら目的も分からないし、出る方法もさっぱりだ。
ドクターは開かないドアの前で途方に暮れて座り込んだ。 ひとまずドアの前に陣取ってみたものの、緊急ロックのかかったそれが開く気配はない。八方ふさがりだ。
落下の衝撃で外れたフェイスシールドはたわんでしまって、もう使い物にならなかった。仕方なく顔を顕にしたまま、はぁ、と憂鬱なため息を吐く。幸い、この部屋の空気は清浄なようだがもはや体の一部のように慣れ親しんだ防護壁の一部を崩されたのは痛かった。
「あーインカムも壊れてる…。そもそも壁や天井の材質が特殊なら通信も入らないな。どうせ端末もないし、おとなしく助けを待つしかないか…」
自分一人しかいない室内だが、心細さを誤魔化すためドクターは言葉を発した。走っている間、前を行くグラベルがこちらを気にしていたしおそらく今頃は不在に気付いて何かしら動いてくれているだろう。問題は地下が封鎖されている上に、ロドスのマッピングシステムが使えないということだ。物資もない状態で未知の場所に救出に向かうのは愚策としか言えない。 勿論、何が居るか分からない地下施設から早く助け出してほしいという気持ちはある。だが、自分ひとりのために大勢を危険に晒すのはもう、ごめんだった。
「本来ならあまり動き回らない方がいいんだろうが。彼が言っていた直通エレベーターとやらを探すくらいは…」
唯一上に向かう手段。その確認くらいはしておいた方がいいだろう。封鎖されているという話だが、もしかしたら動いているかもしれない。
だがそのためにはこの部屋から出なくては。ドクターはよいしょ、と呟きながら立ち上がった。ドアの制御をしているコントロールパネルが部屋のどこかにあるかもしれない。
少し気持ちが落ち着いてくると、視界が広くなる。狭いと思い込んでいた室内は、詰まれた機材のせいでそう見えただけで、実はそれなりに奥行きのある部屋であることが分かった。あちこちに上にあったような水槽がある。その全てに『中身』が入っていたので、正直あまり近寄りたくなかった。
端末が並んでいるスペースに近寄る。どうにかドアのロックを解除できないか…、その一心で端末をいじっていると、何かが足に触った。
「っ!なん…?」
見ればナメクジのような生物が足元にまとわりついている。大きさはオリジムシのそれに近いが、特徴的な突起はなく、薄肌色の岩石のようなものが外皮のところどころを覆っていた。慌てて足を払うと重さは意外とないようで、ぽーんと後ろに飛んで転がっていく。だがそいつはすぐに体勢を整えるとものすごい速さで戻ってきて、再びドクターの足にまとわりついた。オリジムシよりも動きが早くて厄介だ。
だがまとわりつくだけで特に何かしてくるわけでもない。うぞうぞとした気持ち悪さはあるが。この生物の意図が分からずドクターはただただ戸惑った。
・・・・
蹂躙衝動
ああ、厄介だ。戦況不利の流れを端末から読みとってドクターは重い息を吐いた。本来ならもっと早くに決断せねばならなかった。
もしかしたら何とかなるかも、ここから立て直せればこの作戦は成功する。
そんな考えにとらわれて「撤退」の命令を出せずにここまで粘ってしまったのだ。じわじわと後悔の念が体にまとわりついて端末を操作する指も、命令を出す唇も重くなっていく。口から漏れる重苦しいため息があたりに響くほど、ドクターのいる本部は静かだった。なぜならオペレーターたちは皆、重傷を負って中間補給地点に撤退しているからだ。いつもならドクターが指示を出す本部に何人か戻ってくるはずだが、被害が大きいのだろう。距離のある後方まで戻ってくる者は居なかった。そして、手が足りないからと本部に居る後方支援のスタッフも、補助で詰めていた医療オペレーターたちも、そちらへ行ってしまった。
流石に護衛役の秘書は残しておいてくださいねと彼らは言って去ったが、間の悪いことに今日の秘書は医療オペレーターのサイレンスで、重傷を負ったオペレーターで溢れかえり手の足りていない現場のために、ドクターが彼女を遣わせようとするのは当然のことだった。
「駄目。私が行ったらドクターは一人になる」
「今日は重傷者が多すぎる。サイレンスが行くことで負傷者の復帰が早まるかもしれないだろう?そしたらそのオペレーターをこっちに戻してくれたらいい」
「ドクター、現場の様子を見ていない私にはすぐに代わりの護衛を送れるか約束できない」
眼鏡の奥の瞳を厳しい光で満たしながら、サイレンスが首を振った。サイレンスにとってドクターは上司であり、指揮官であるから本来なら出された命令に従わねばならない。だが、戦闘員オペレーターたちが戦場で何よりも優先しているのは戦術指揮官ドクターの命めいではなく命いのちだ。これはロドス・アイランドに所属するオペレーターたちの共通認識でもある。作戦に失敗しやむを得ず撤退するときだってオペレーターたちは必死の形相でドクターを守り、安全地帯まで導く。
ドクターは自分の身を守る術すべを持たない上に、オペレーターたちと違い弱くて脆い。ドクター自身もそのことをよく理解しているから、普段は多少過保護さを感じながらもオペレーターたちのやりたいようにさせていた。
だが、今日はインカムを通して伝わってくる被害の状況があまりにひどい。戦力を早く建て直すことができる者を自分の護衛の名目でただ置いておくのは愚策だとドクターは思ったのだ。秘書が医療部の者ではなかったらドクターの考えも違っていただろうが。
「戦況は芳しくないとはいえ、残りの敵は少ない。ここを乗り切ればこの作戦は成功するんだ。サイレンス、頼むよ」
「ドクター、でも」
サイレンスが護衛秘書としての意見を重ねようとしたそのとき、ドクターのインカムからけたたましい音量の通信が響いた。
『…こちら後方支援部!前衛チームより一人、重傷者送ります!担当につける医療部の方はいますか⁉』
『まるっとあいてる奴なんていねぇよ!おい、お前その処置が終わったらこれから搬送されてくる奴のとこに行ってやれ!』
『で、ですがまだこの部分の縫合が…』
『そんなのこいつの止血が終わったらアタシがやってやる!』
『ガヴィルさん、その前にこちらの治療が先ですよ!』
『あーもう、わーったよ!
二人しかいない静かな本部に響く通信内容。サイレンスの耳にも届いただろうと、ドクターが、ほら、という表情で顔を上げる。
「行ってくれ」
「……分かった。みんなを助ける」
その言葉にドクターが安堵の表情を浮かべる。戦況の好転も勿論望んでいるが、何よりも大事なオペレーターたちを一刻も早く治療してやりたいという気持ちの方が大きかった。医療部の中でも優秀なサイレンスが行けばきっと処置も今よりスムーズになるだろう。
駆けていくサイレンスをドクターはシールドの下に笑顔を浮かべて見送った。今自分が出来る最善の策だと信じていたからだ。だが、このときの選択を後に後悔することをドクターはまだ知らない。
災厄が、一歩一歩確実にドクターの元へ近づいていた。
ひとりきりになったドクターは端末に厳しい視線を落とした。戦場に残る敵は数えるほど。おそらく、敵の殆どは今戦場に残っているオペレーターたちでなんとか掃討出来る。
…ひとりを除いては。だが、そのひとりが、何よりも問題だった。
コードネーム『ヴェンデッタ』。
手にする刀に炎を纏わせゆっくりと、だが確実に防衛ラインを目指して歩く男。今日の重傷者が多いのもすべて彼のせいだ。鉄壁を誇る重装オペレーターたちが、彼が刀を振るうたび一人また一人と撤退していった。時間を稼ぐため他のオペレーターたちが立ちふさがるが、重装オペレーターで耐えられなかった一撃を耐えられるわけもなく、重傷者の数だけが増えていき今の状態に至る。
助っ人として送り出したサイレンスの奮闘ぶりが通信で流れてくる頃、ドクターの読み通りヴェンデッタ以外の敵は倒すことが出来た。あと一人。たった一人を退ければこの作戦はロドスの勝利になる。だがその残った一人を退ける術すべがない。ドクターの端末画面は赤に染まっている。その色は増援を呼ぶにはまだ時間がかかることを示していた。
銃撃を受け、体を炎で焼かれ、火傷だらけ傷だらけの血まみれになって尚、男は歩みを止めない。戦場に残っていた僅かなオペレーターたちがなんとか足止めをしようとするが無駄なあがきにしかならなかった。
そして、とうとう戦場にはヴェンデッタの足音以外聞こえなくなった。ひたひたと迫ってくる彼の足音。それに呼応するように、ぞわりとした寒気もドクターの背中を一歩一歩着実にかけ上っていく。
「…クター!…く!撤…命令を!」
「…めだ!これ以上戦線を…持…きない!ドク…逃げ…!」
誰もいないのをいいことに道中の中継器を壊してきたのだろう。インカムから聞こえてくる通信は雑音混じりで不明瞭なものになっていた。
「ドクター!」
誰かの、まるで泣き叫ぶような呼びかけを最後にぶつんと、通信の接続が切れた。それが意味することは、本部に一番近い中継器が壊されたということだった。誰の声も届けてくれないただの無機物になったインカムを、震える手で外す。
幸いなことに端末の通信機能は独立しているためまだ生きていた。もうここには自分しかいない。中間地点との通信方法がない今、状況を立て直すことは不可能だとドクターは判断した。
潮時だ。端末経由で撤退命令さえ出せば通信がなくとも皆には伝わる。防衛ラインに彼が入ってくる前に、急いで逃げなければ。
こつ…。
焦るドクターの耳に、靴音が届いた。撤退を予想して誰かが護衛に戻ってきてくれたのか。だがその音は無情にも防衛ラインの向こう側。戦場から届いたものだった。
フェイスシールドの奥で、ドクターの瞳が大きく見開く。その瞳には燃え上がる刀を手にする男が映っていた。すぐにでも端末を操作して逃げるべきなのに、眼前に迫るヴェンデッタの放つ強烈なプレッシャーが、ドクターの体を石のように硬直させた。もっと早く撤退するべきだった、護衛を残すべきだったと後悔するがもう遅い。
防衛ラインを今にも越えようとするところまで近づいた彼の姿。初めて間近で見る強敵の様子があまりにすさまじい状態で、ドクターの恐怖心を更にあおる。
火傷に銃痕、刺し傷、切り傷、傷と分類されるものはすべてあるのではと思うほどヴェンデッタは傷だらけだった。一歩歩くごとに彼の体からは血が滴り落ちて、床に赤い染みを作っている。その体を動かしている原動力がいったい何なのかドクターには想像もつかない。
こつ……こつ…。
引きずるようにゆっくりと動く足が、防衛ラインを越えた。耳障りな警告音が端末から発せられる。画面いっぱいにうつる作戦失敗の文字。失敗の前に撤退命令を出していれば、端末を通してオペレーターたちに撤退の意思を伝えられた。だが「作戦失敗」の場合は違う。通信で自ら伝えなければいけない。そのことをドクターは恐怖で失念していた。通信が断たれた今、作戦が失敗したことを誰にも伝えられない。目の前に敵が来ていることも伝えられないのだ。
赤い染みがとうとうドクターの足元にまで達した。全身から立ち上る殺気を直に浴びて、足を震わせながらその場に座り込んでしまう。踵を返して逃げることすら出来なかった。コレを前にして走って逃げるなど到底無理な話だ。それほどまでの強烈なプレッシャー。落とした端末が床を滑ったが視線をはずした瞬間に切りかかられそうで目で追うことすら出来ない。
一太刀浴びせれば呆気なく終わる勝負なはずなのに、男は追い詰めた獲物を嬲るように更にドクターへ近付いた。座り込むドクターの前でゆっくりとしゃがむ。その動作の最中、男は低い声を漏らしたがそれが痛みに呻く声だったのか笑い声だったのかドクターには分からなかった。フェイスシールドにヴェンデッタの、勝者の笑みが映り込む。
何か通信の手段が残っているかもしれないとドクターは震える手で床の端末に手を伸ばす。だが間髪入れずに刺し込まれた燃える刀が四角い機械を床に縫い止めた。衝撃と熱で溶け割れた画面が示すものは完全孤立だった。
確実になった死の恐怖に歯の根が合わない。ガチガチと音を鳴らすドクターの顎にヴェンデッタが手を伸ばした。震える頤を乱暴な手つきで捕まれる。目の前の口がかぱりと開いた。
「よォ、アンタがドクターか。会いたかったぜ」
ぱた、とフェイスシールドに彼の血が落ちる。その血がどの傷から垂れ落ちたものなのか分からないほど全身傷だらけだ。これだけ満身創痍になることはロドスのオペレーターでも早々ないだろう。
「いつも後ろで見てるだけのアンタの顔、気になってたんだ」
するり、と指がフェイスシールドのへりに移動した。抵抗したら殺されるのか、抵抗しなくても彼が満足すれば殺されるのか。敵と相対している今、どの行動が自分の命を救うのか。じりじりと空気を炙る熱に脳の回路は焼ききれていて、ドクターの思考能力は下がりに下がっており論理的に考えることが出来なかった。
「なァ、ここまで来れたご褒美に見せてもらうぜ」
ぐっ、と顔まわりに圧を感じてドクターが静かに目を閉じる。互いの息だけが響いていた空間にからん、と最後の砦が床に落ちる音がした。
・・・・
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